- 057 桜の下で -
「世の中は、三日見ぬ間の、桜かな…」
その言葉を久しぶりに思い出したのは。
CWにある一座さん達のお家にお邪魔してた時のこと。
丁度風流とは何かというお話をしてて。
儚い命を背負った女性のお話をギルバさんがしてた時。
ふと口をついて出てきたんだった。
その日のその後は、色気の話っていいながら。
小さなフォルちゃんの前なのにあれやこれやそれや。
まぁ、夜だよねぇってお話が出てきちゃったりして。
お母さんな白葉さんが怒ったり、フォルちゃんを誤魔化したりして…フフッ。
それから少し後に。
ダンテさんとギルバさんの桜にまつわるお話をちょっと聞く機会が出来た。
それもまた、少しだけ切ないお話で。
『桜の下には死体が埋まってるんだって』
そんな話は、桜が咲く場所には良く伝わっているのだろうか。
幾つかの世界で同じような花を見つけたけれど。
――そして、あそこにも伝わっていたけれど。
* * * * *
「桜の木はね、血を吸って染まるんだよ」
白銀に包まれた庭を見ながら、彼の人はそう言った。
戦の後、痛いほどの静寂が包む内庭で。
「銀世界は染まることを望まない。
だから冬の死者は桜の下に葬る」
深緋の衣装。舞姫の戦装束。
最前線で鼓舞の舞を踊り続けていた女性は、自身も傷を幾つも負って。
それでも凛とした立姿で庭を見つめながら語った。
「死者の血は桜が吸い上げ。
春が来れば鮮やかに咲き誇る。
そして永久の別れを告げながら…散る」
視線の先には一本の桜の大樹。
その周囲だけは白銀が無く、赤黒い地面が見えていた。
「笑うかい、外国の術者。
でも我々の間ではそう伝わっているんだよ」
苦笑する女性。
この静寂は戦が終わったからではない。
一両日のうちにも、周囲に展開した敵は再び攻め込んでくるだろう。
その時ここを支えきれるだけの兵力は、残念ながらもう残っていない。
「なあ」
赤い瞳がじっと見つめてくる。
空から降り注ぐ光の色が、時間の無い事を教えていた。
銀の光。固定ではない界扉が開く兆候。
「いつか、どこかで桜を見ることがあったら」
彼女からすれば御伽噺もいいところだったはずの話を。
疑いもせずに信じて、受け入れてくれた。
「その時は見送ってやってくれ。
私はそこにはいないけれど」
桜花は血を吸い浄化して魂を天地に還すのだという。
それこそ御伽噺に聞こえるけれど、それを疑うことはしない。
彼女の心はそうやって還ってゆくのだと。そう信じられるから。
「僅かな時を共に生きた者が居たことを。
少しでも思い出してくれたら…嬉しいよ」
光が強くなってゆく。
白銀の照り返しの向こうで。
蘇芳の名を持つ舞姫は艶やかに微笑んで――。
* * * * *
あれはいつのことだったかな。
世界を渡っていると、時の感覚は特に曖昧になってしまうから。
それでも記憶にはちゃんと残っている情景。
幾多の世界で見る桜の花は。
白にも見えるけれど僅かに薄紅に染まっているのが多い。
あの世界の桜もきっとそうだったのだと思う。
それを見ることはできなかったけど。
さくら さくら
はかなくも うつくしい はな
今年の春も桜を見に行こう。
この多元世界PHIも、幾つかの国で桜の花が見られる。
場所によっては春と呼ばれる季節以外に見れたりもする。
でも、どうせ見るのなら春がいい。
白銀の世界の後ではなくても。
暖かくて優しい季節を。
そんな時の中で生きることを望んだ舞姫の事を思い出すのなら。
――春の桜が、いい。
〜Meru〜
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