冬の間は白に包まれていた森も緑を取り戻し始めた、そんな頃。
春雷の轟いた夜が明けた。

森奥、微かに揺れる銀が光を弾く一角。
白に変わって地面を彩る色がある。
薄蒼。或いは薄紫。
春を告げる小さな生命はポツリポツリと花咲かせて。




「おはよう」

標の前に少女が一人。
いや、そろそろ少女とも呼ばれなくなってくる頃か。
晩の名残である雫を払ってゆく。


「もうすぐ約束の季節なの」

銀の輪をそっと拭いて。
光に照らされ輝く蒼石に目を細める。


「ねえ、私も少しは前に進めたかな」

部屋に置いてきた茶封筒を思い浮かべる。
辛く悲しい記憶でもあった出来事を文章として起こしたもの。
後で来る配達人に届けてもらう先は、離れた街の女性記者の所。

「ちゃんと笑えるかな」


上着のポケットを軽く押さえる。
そこに入っているのは無記名の白封筒。

「我侭言わずにいられるかな」

外に名前が無くとも、開く前からその差出人は分かっていた。
今は遠い空の下、前を向いて頑張っている人。


「頑張るね。負けないくらいに」

陽の光が段々と強くなってくる。
一日の始まり。戻れば仕事も待っている。

「本当は一緒に来られると良いのだけれど」

立ち上がり小さく微笑む。
そして今日という日を生きる為に歩き出す。


「その頃には、ここも絨毯のようになっているかしら?」

木々の向こうへと戻る前に、一度振り返って。
紫とも蒼ともつかない小さな花が点在する空間を見渡した。
白銀の季節も美しいけれど。生命の息吹を感じられるこの季節は。
新しい力を分け与えてくれるような、そんな気がする。

「…また来るね」




フワリと吹いた風に髪が流れる。
灰銀の髪を払って、確かな足取りで彼女は歩き始めた。


大切な約束を胸に。
一歩でも確実に前に進むために。





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