翌朝。
酒場に集められた村人達は昨夜の顛末を聞いた。
誰もが驚き、安心と共に一抹の不安を覚える。
本当にこれで人狼が全て消えたのだろうか。

「まだ安心できない者もいるだろう」
ウォルターの声が響く。
「だが村人の中にいるならこれまでにも何かあったはずだ。そして恨みで人狼に襲われたザックスが確かに占い師なのは信用してもいいだろう?」
続いたマイケルの言葉にざわつく村人達。だが概ね同意は得られたようだ。
「だからここで最後にシスターを占ってもらい、それで事件の終結にしたいと思う。そこまでやれば納得できるだろう」
ウォルターから出された提案に、それぞれ肯きが返る。
送られてきた視線にザックスは頷いて、メリッサと共に皆の前へと出た。


「僕が先生のことを証明してあげるから」
緊張した様子のメリッサにザックスは言った。
「今度は僕が先生のことを守るんだ!」
少年の日の約束。それは彼の中にも確実に残されていて。

「えぇ、お願いするわ」
さすがに緊張を隠せずにメリッサは答えた。
「あの子が…本当に大きくなったのね…」
遠い日の約束。それは彼女の中にも確実に残されていて。

静かに二人の視線が絡む。
彼は彼女の中の真実をゆっくりと引き出してゆく。

「…ごめんなさい」

ポツリと洩らされた一言。

「え?」

何故そんなことを言うのだろうか。

そして彼は彼女の魂に触れた。
そこにあったのは七色の…何故か酷く不安定な。


次の瞬間、眩しいほどの光がその空間に広がった。


 フワリ、と意識がほどけ始めるのが分かる。

  これは、初めて啜った少女の魂。
  これは、一夜を過した青年の魂。
  これは、孫だと笑った老人の魂。

 赤い月の下。
 啜ってきた数多の魂。
 その全てが光の下に晒されて。

     ヒラリ

  少女の魂が色を帯びる。
  朗らかな笑声を残し私から離れてゆく。

     ヒラリ

  青年の魂が色を帯びる。
  艶やかな抱擁を残し私から離れてゆく。

     ヒラリ

  老人の魂が色を帯びる。
  穏やかな眼差を残し私から離れてゆく。

     ヒラリ

 無数の魂が舞い上がる。
 それはまるで風に散る花びらのように。

     ヒラリ

  光のなかへ。

     ヒラリ

  溶けてゆく。


思わず伸ばした手の中で。
その存在が薄れ、光の中へと崩れてゆく。

「先生!」

驚きに見開かれる目。
消えゆく意識の中で、メリッサは小さく微笑んだ。

「もう、一人でも生きていけるわね?」

目の前で起きていることが信じられない。
何が起きているのか。

「どうして…どうしてっ !? 」

この子を傷つけてしまっただろうか。
守りたかったのに。
守るためにはこうするしかなかったのに。

「私は妖魔。人間ではなかったの」

妖魔。それは占いでのみ死を迎える存在。
ならば自分はこの人を殺してしまったのだろうか。
自分のしたことがこの人を滅ぼしてしまうのだろうか。

「そんな…行っちゃやだよ、先生!」

でもどうせ消えるのならば。
この子の手で消えたかった。

「言ったでしょう?いつかは一人で生きなければいけないと」

その瞳が語りかけてくる。
これは自分の望んだことだから。あなたの手でと。

「あなたは…」

生きて欲しい。
この身が溶けて世界に戻っても、傍にいるのだから。


最期の瞬間に触れ合ったのは互いの魂。
共に在ったことの喜び。
別離の悲しみ。
幸せを願う心。

「先生…」
涙を流しながら、けれどそれを悟って。
あの日のように、笑顔で。

「元気で…」
優しく抱きしめ、そっと口付けを交わす。
あの日のように、笑顔で。


フワリ、と全てが溶け。

そして、光は弾けて。




月明かりの中を青年は歩く。
胸の奥に残された想いを抱いて。
最期の約束を果たすために。
その笑顔を忘れずに歩いてゆく。


いつか、自分も世界に還るその日まで。


Before






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