花びらの舞う中、歩みを進めてゆく。 長い冬が終わり、ようやく訪れた春。 そよ風に吹かれ、その紫紺の髪がなびいた。 その春、村には住人が一人増えた。 シスターメリッサ。 優しい笑顔を持つ彼女は、すぐに村に溶け込んだ。 「わっ」 背中に衝撃を受け、小柄な少年が転んだ。 一緒に取り落としてしまった小さな袋を、目の前に立った金髪の少年が拾い上げた。 「落し物だ!」 そう哂いながら、目の前で袋を揺らす。 「僕のだよ、返して!」 「落し物だから誰のものでもないだろー」 背後からもう一人、突き飛ばした張本人が哂って言う。 金髪の少年の方へと歩み寄った少年は、馬鹿にするように小柄な少年を見下ろした。 「だって、それはウィリアムが…」 「人のせいにしちゃいけませーん」 ようやく立ち上がるのを、ウィリアムと呼ばれた少年が再び突き飛ばした。 「ニコルー、俺にも分けてくれよ?」 「いいよ、僕が拾ったものだからねー!」 ニコルと呼ばれた少年は、笑いながらその中身…クッキーを取り出した。 そして転んだままの少年の前で、二人はわざと見せ付けるようにそれを食べる。 「二人とも酷いよっ!」 半べそになりながら睨む少年に、ウィリアムとニコルは肩をすくめた。 「お前がドン臭いから悪いんだろ?」 「そうそう、泣き虫ザーックスー!」 ゲラゲラと哂い、まだ立ち上がれていない少年…ザックスにわざとぶつかりながら走ってゆく。 三度転ばされたザックスは、泥と落ち葉に塗れて放り出された袋を手に唇を噛んだ。 ジワ、と視界が歪む。 「あらあら、どうしたの?」 夕暮れが近づき、トボトボと村外れを歩くザックスに優しい声がかけられた。 「…せんせい」 黒と白のシスター服。村の子供たちに読み書きを教えてくれているメリッサだった。 さっきのクッキーをくれたのもこのシスターだ。それを思い出したザックスは、小さく鼻をすすった。 「転んじゃったのね。…また苛められた?」 「…ウィリアムは、力が強いから」 ボソボソと言い訳するように呟くザックスに、メリッサは小さく苦笑した。 「またあの二人ね。…困ったものねぇ」 小柄でまだ不器用なザックスは、年長であるニコルとウィリアムにとって格好のからかい相手だった。 しかも悪い事にザックスの母親は幼い頃に亡くなっており…父親は生まれた時からいなかった。 その状態で祖母であるマリアの元に引き取られたザックスは、村の中でも常に立場が弱いままで。どうしても苛められやすい状態にあったのだ。 「でもいつまでも泣いていちゃダメでしょう?」 「…うん」 優しく頭を撫でてくれるメリッサにぎゅうと抱きつきながら、赤い目をしたザックスは肯いた。 今は亡き母の面影、おぼろげなそれは優しいメリッサにどうしても被る。 「もう日が暮れてしまうわ。早くお帰りなさい?」 「…うん。先生、また明日ね」 ようやくその手を離し、小さく手を振って走り出す。 祖母の待つ家へと。 ザックスを見送ったメリッサは、紫色に染まり始めた空を見上げた。 浮かんでいるのはまだまだ細い三日月。 だがその月を見つめながら彼女は小さく溜息をつく。 微かな予兆。 次の月はおそらく。 導き出される結論。 このままここにいてはいけない。 「残念ですね、まだ1年と経っていないのに」 世話になった神父ラファエルがそう呟いた。 「はい、でも……」 手にしているのは、所属する修道会からの帰還命令が書かれた手紙。 同じく残念そうな表情でメリッサは答えた。 「先生…本当に行っちゃうの?」 そのスカートをギュッと握り締めて、ザックスが問う。 この日ばかりは苛めっ子二人もそれをからかわず、神妙にしていた。 優しく穏やかなシスターメリッサ。 たった半年だったが、村人の誰もが彼女の事を好きになっていた。 だから出立前に村人全員で心づくしの小さな宴を開いた。 その宴ももう終わろうかという時間。 「そうよ…」 泣き出しそうな少年にメリッサは小さく、けれどハッキリと告げた。 「もっとこの村にいることは出来ないの?」 「ごめんなさいね……でも泣かないで。人はいつかは別れの時を迎えるものなのだから」 その頭を撫でながら、優しく諭す。 「先生も別れるのは寂しいわ?でもね、こればかりは神様の思し召しなのよ」 ザックスは半ば泣きながら、一層スカートを強く握りこむ。 「あなたも一人で歩き出さなければいけない時が来る。これはその練習かもしれないわ」 優しく、その頭を撫で続けながら。 「でも大丈夫。本当はザックス君がちゃんと強い子だってこと、先生は知っているもの」 鼻をすすりながら、けれどようやくその手の力が少しだけ抜ける。 「…本当?」 「えぇ、もちろんよ」 「分かった。じゃあいつか強くなって、先生に会いに行く!」 「…えぇ、待ってるわ」 精一杯の強がりを見せるザックスにメリッサは優しく微笑んだ。 小指を差し出す少年、絡む二つの指。 笑顔で見つめあいながら。 小さな小さな約束が交わされた。 「「 元気でね 」」 翌朝、村人全員に見守られてメリッサは村を出て行った。 実りの季節が過ぎ、白に閉ざされる冬が近づく頃。 優しい思い出を残して、シスターは去った。 少年はその村で育ちゆき。 やがて大人への階段を上ってゆく。 小さな約束をその胸に宿し。 懐かしい思い出に励まされながら。 |
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